航空公園の歴史
| 西暦 | 和暦 | 所沢飛行場→航空公園の歴史 | その他の歴史 |
| 1909 | 明治42年 7月 |
勅令により、臨時軍用気球研究会設置 | |
| 1910 | 明治43年 | 飛行場用地として所沢決定 768,873uを買収 |
日韓併合条約調印 |
| 飛行機の購入 ●アンリファルマン機 臨時軍用気球研究会の徳川大尉が、フランスで購入し、明治43年に日本に到着。 明治43年12月19日に代々木練兵場において、同大尉による我が国初飛行が行われた。その後、所沢飛行場で、訓練飛行を行った。 ●プレリオ11-2ビス機 複座機で、徳川大尉がフランスで注文し、所沢に搬入、組み立てられた。 明治44年4月、同大尉が操縦し岩本技師を同乗させた、国産初の同乗飛行に成功した。 ●ライト式複葉機 日野大尉がドイツで注文し、明治44年3月到着し、所沢で組み立てられた。 明治44年4月9日、同大尉により、飛行時間53分・飛行距離62kmの記録が作られた。この機の操縦は難しかった。 |
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| 1911 | 明治44年 | 日本初の所沢飛行場開設 日本発の飛行場として開設された。 |
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| 4月 | 日本初の野外飛行事故 プレリオ11-2ビス機において、所沢−川越間往復飛行飛行訓練中に不時着し、野外飛行事故1号となった。 |
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| 10月 | 会式1号(徳川式)飛行機初飛行 徳川大尉設計により製作された、国産初の軍用機 |
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| 10月25日 | 会式イ号飛行船初飛行(1時間41分滞空) 臨時軍用気球研究会による日本最初の軍用気球 徳永大尉らを中心に明治43年に設計を開始したもの |
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| 1913 | 大正2年 3月28日 |
日本初の航空機事故犠牲者 木村中尉・徳田中尉の乗った「プレリオ11-2ビス」型飛行機は突風に遭い、左翼を破損して墜落。両中尉は死亡。 東京青山練兵場での陸軍の観覧飛行へ所沢飛行場から参加し、その帰路に事故に遭ったもの。 |
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| 1914 | 大正3年 | 第一次世界大戦勃発 | |
| 1915 | 大正4年 4月 |
会式雄飛号飛行船(雄飛号)完成 パルセヴァル式飛行船を改修した、国産初の飛行船 飛行実験後、翌年1月東京−大阪飛行を行った |
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| 大正4年 11月 |
モ式四型飛行機の1号機完成 沢田中尉らにより所沢で1号機が完成 操縦安定性の優れた機体であった |
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| 1919 | 大正8年 | 陸軍航空学校、陸軍航空師団が設立 フォール大佐のフランス航空教育団による航空技術の教育開始 |
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| 1920 | 大正9年 | 所沢航空学校開設(後、所沢陸軍航空学校本部) | |
| 1922 | 大正11年 | 校式二型試作戦闘機完成 所沢陸軍航空学校研究部の計画で、日本人設計の国産機 高性能だったが、操縦安定性が悪く、「あばれ馬」のニックネーム |
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| 1931 | 昭和6年 | 羽田に東京飛行場開設 | |
| 1941 | 昭和16年 | 太平洋戦争開戦 | |
| 1945 | 昭和20年 | 米軍に接収され、「在日米軍所沢兵站センター」として使用 | 太平洋戦争終戦 |
| 1950 | 昭和25年 | 所沢市制施行 | |
| 1962 | 昭和37年 | YSー11試験飛行 | |
| 1971 | 昭和46年 | 通信基地を残し、6割が米軍から返還(現在は7割) | 沖縄返還調印 |
| 1987 | 昭和62年 5月28日 |
航空公園駅が開業 西武新宿線の所沢駅と新所沢駅の間に航空公園駅が開業。 航空公園へ行くのに電車が利用できるようになり、便利になる |
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| 1993 | 平成5年 | 所沢航空発祥記念館が開館 |