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ぼそり3◎第4回(平成13年11月27日)
『オモシロイの私論』
久々のぼそりです。緊張していますので、なにとぞ謹聴は御遠慮ください。斜め読み大歓迎です。ちなみに今回から文字の大きさを10ポイントに戻しましたが、小さくて読みづらいという方はどうぞ遠慮なく文字サイズ設定をご変更ください。それも面倒だという方は、なんでもいいので良いようにしてください。
さて、それでは早速本題に移ります。今回のタイトルにあります『面白い』には、笑えるという意味と、退屈しないという意味と、興味深いという意味を含ませているのですが、いずれの場合にしてもその道のエキスパートというには程遠いワタクシが誰かを、もしくは誰かたちを楽しませたいと考えるときにとる方法は『共通項を探る』ことから始まります。自分も好き、その人も好き、そういう物事というのがあると楽しいを得やすいというのが、ワタクシの経験則です。そういう共通項がない場合は、力将棋のごとく脳みそフル回転ということになりますが、今回はこの場合については割愛します。
共通項といっても幅があります。趣味だとか、流行りの店とか、学生のときの思い出とか。古い付き合いだと思い出だけでだいぶ愉快なひとときを過ごせますが、一回使うと当分使えない方法なのが弱点です。
共通の知人や友人がいる場合は、その本人がその場にいないという条件つきで愉快を得られます。悪口というと言い過ぎなのですが、あいつがあのときあんなこと言ってバカだなーあいつはーというようなことを言い合うだけでも面白いものです。ただこの場合は、その場にその話題の人を知らないという人がいるとその人はとても退屈する可能性があるので、言葉の選び方や話し声の調子、目線、アクションなど配慮が色々必要です。目の前の面白いに流されないようにしないといけません。このあたりは影で地道に研鑽に励むよりありませんので、そこまで含むと難しい方法ということになります。まあ、その誰某を知っている人の割合が多い場合はあえて御存じない方々に気兼ねしない方が好ましい気もします。大勢が面白がる様子につられて面白い気分になるという場合も充分に考えられますから。
以上のことに関連して、自身の主導で面白いを生もうとした場合、共通項と同じくらい重要なのが本人の感情です。楽しい気分、のってる気分を伴う場合とそうでない場合では、言葉の選び方や間のとり方、声の調子からトイレに立つタイミングにいたるまで、様々な要素に違いが出てきます。
ついうっかり話の途中で目線を落としてしまったりすると「あら、この人なにか悩みでも?」などといらぬ勘ぐりを誘ってしまい、興をそぐことになりかねません。どういったモチーフで面白いを生じさせるかによって異なりますが、はじめから飛ばすつもりならそのときにはすでに自分の感情を最高に面白い気分にさせることが好ましいです。初めは小出しにして、段階的かつ意図的かつ悪ノリを装おう的にエスカレートさせていく心つもりならば、その変化に合わせて感情も変化させていくべきでしょう。これは相互的な要素もあるにはありますが、主導たらんとするならば面白いの仕掛けどきや段階的変化の一瞬前に感情を合わせていくことはセオリーを通り越してエチケットであると言っても過言ではないとワタクシは思っています。
とまあ、ざっと考えるところを書いてみましたが、このぼそりの中でも同様のことを心掛けて書いております。手の内というほどのことはないわけですが、多少なりヒントとなることがあるなと感じていただけたら幸いです。【K】
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