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 ぼそり3◎第15回(平成15年9月23日)
『現代言語感覚考(1)』


ex.1 『大変だー!』

 小説で、マンガで、テレビドラマや映画などでも見聞きする機会の多いこの「大変だ」というイディオム、実生活上では案外と耳にすることが少ない気がします。表現物上における「大変だ」は、あとに続く具体的な話が本当に大変な、予想外のトラブルを指し示しているんですが、ごくたまに実生活の中で周囲の者が言うのを耳にする場合には大概は以下のような具合です。

ex.2 『昨日の夜にさー、トイレで小さい方してたら電気のタマが切れてもー大変(以下略)』

 控えめに言っても、ちっとも大変ではありません。主観的にはそうなのかもしれませんが、大変という言葉を使うほどではないように思えます。大変というのは、信頼していた腹心の部下が実は裏切り者であったことが判明したとか、相模湾沖5キロの地点に突如ナゾの怪獣が出現したとか、実はその怪獣こそが元腹心の部下の正体だということが判明したとか、そういうことを言うためにある言葉だと思うんですが、そういう場合には実際には「ヤバい」が多く使われたりします。
「ヤバい」の方が語感が軽い印象ですが、それゆえに即応性は高く、つい口をついて出てしまいがちであるという点でリアリティをより強く伝達しうる言葉なのかもしれません。
あるいは「ホントに大変!」などと言う場合もありますが、こうなるとかえって真偽のほどまでも分からなくなってきて、ホントにホントなのかなどと感じられたりもします。

 最後にもう一例、「大変」を使って良いと僕が真実から思う最低限のシチュエーションを芝居の台本風に提示して終わりにいたします。

ex.3
とある高校。まもなく下校の門限。
廊下はひっそりと暗く、人気がない。
和子、階段へ続く廊下を一人ゆっくりと歩く。
すると、廊下の先に二郎が姿を見せる。
二郎は走っている。息があがっている。
和子の姿を認め、ふらつきながら走り寄る。
和子、つと足を止める。
二郎、和子の手前でよろける。
抱きとめる和子。見上げる二郎。

二郎『(息があがり、むせる)さ、探したよ、和子さん』
和子『どうしたの? そんなに慌てて』
二郎『(ぜいぜいと息をつぐ)い、いや、大変なんだよ、大変なことになった』
和子『大変って、なにかあったの? 事故?』
二郎『(息をつぎ、つばを飲み込んで)いや、そうじゃない、そうじゃないんだ、でも、ああ、なんてこった』
和子『ちょっと、二郎くん。ちゃんと分かるように言ってよ』

二郎、呼吸が落ち着きはじめる。そして、和子の目をしっかりと見て言う。

二郎『・・・つまり、俺が、和子さんのことを好きになってしまったってことがだよ!』

和子、ゆっくりと教室にかかる時計に視線を移す。

和子『いやっだ、たーいへん! 塾に遅れちゃう! ゴメン、二郎くん、あたし行くから!』

和子、二郎から離れて廊下を走り去る。
二郎、廊下にへたりこみ、去る和子の背中を放心した様子で見送る。廊下に西日が差す。
校庭から運動部の練習の気配(かけ声・音)。
二郎、はたと我に返って腕時計を見る。

二郎『・・・やべっ、バイト!』

二郎、あわてて立ち上がり、廊下を走って行く。
(終)【K】


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