|
ぼそり3◎第16回(平成15年11月25日)
『三十年目の自己紹介』
幼いころ、僕は従兄弟や従姉妹らの名前をゴチャゴチャに覚えていました。なにせ、人数が多い。
僕は、父方のいとこの中では年齢順で下から数えて5番目の弱輩です。僕より上には、9人のいとこがいます。僕が生まれた時点で、すでに9人いるというのはクセ者です。小説でも、いっぺんに9人も登場人物が出てきたら覚えるのに苦労します。また、当たり前のことですが、近い親族同士が機会を得て改まって自己紹介をしあうことはありません。親族から「君は誰だ」と聞かれたことはほとんどありませんし、僕が「あなたは誰ですか」とたずねたこともありません。(あとから聞いたことですが、曾祖母が僕に、お前は誰の子だとたずねたことはあったそうです。それは無理からぬことです。)
だから、なんとなく、僕の方でなりゆきで顔と名前を覚えていくことになるのですが、なにせ、人数が多い。
覚える顔と名前は、従兄弟もしくは従姉妹だけではなく、その親たる伯父や伯母の分も存在します。そもそも従兄弟や従姉妹が多いのは、伯父と伯母が多いからです。そして、祖父母、さらには曾祖母もいましたから、その全てを把握しようにも、幼い頃の僕にとっては手に余る人数です。また、いとこと伯父・伯母との境界線も「年長者」ということで一括りになってしまって曖昧になり、結局その顔と名前と続柄を関連づけようとしても、初めからこんがらがっている有り様です。
こういう場合、顔の見分けの方が肝要です。子供は、案外と見たものはよく覚えるようです。だから、実際にひどく困ったということはなかったように思います。それに、他のいとこたちも同じようにごっちゃごちゃであった可能性もあります。
個人の名前は、そもそも子供には扱い難いものなのかもしれません。幼稚園の頃の僕は、毎日のように会う友達の名前さえ満足に区別して覚えられなかったくらいですから、時々会ういとこの名前については当然無理だったといえるでしょう。
このごろは、いとこらとはますます疎遠になっています。現在の僕は、他の従兄弟かつ従姉妹の名前もその綴りも(だいたいは)頭に入っているのですが、逆に僕の方が名前を間違えられるということがあります。顔や名前の音感が似ているわけではないにも関わらず、僕と一歳年下の従兄弟の名前が入れ替わったり、どっちの名前がどっちのものかハッキリしなくて訊ねてくるわけなんですが、昔のことを思えば批難はできません。
年長のいとこにとっては、ごくたまにしか会わない上に年齢を重ねて顔の印象の変わった年下のいとこたちの名前はもっとずっとクセ者なのだということが分かってきました。なので最近は、察して先に名乗るようにしています。
【K】
|
|