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 ぼそり3◎第20回(平成16年8月21日)
『きへんにめのさんぼんせん』


 例えば書店や画材店、家電量販店などで買い物をした場合などに、レジで領収書をお願いすることがあります。すると、お宛名書きはどういたしますか、と聞かれます。お宛名書きってヘンな言い方な気がするな、と思いつつ「相川でお願いします」と答えます。すると、レジ担当者の手はピタリと止まり、僕に目でサインを送ってきます。「つづりを教えて」というサインです。分かっているけど一応確認でという場合もありますし、色々あるので分かりませんという場合もありますが、答えは同じ「きへんにめのさんぼんせん」です。しかるのちに、領収書には僕の名字が記されます。しかし「相」と書く担当者の手つきはひとそれぞれで、とても慎重に書く人もいます。自分以外の人の書く「相」を見ながら、あんまり書く機会のない字なのかなーとボンヤリと思うこともあります。

 相川という名字は珍しいものではないので、改めてつづりを聞かれると少々のかったるさを覚えますが、それはしかし充分に許容できるものです。そのことより「きへんにめのさんぼんせん」という答え方に軽い不満を感じます。的確なのですが、退屈です。それに、さすがに飽きがきています。ホント、もう飽き飽きです。なんかもっとひねった、別の言い方はないものだろうかと帰り道にはいつも思案するのですが、家に帰ると思案の経過を毎回スカッと忘れてしまいます。今回はたまたま思い出したので、この場にてさらに思案を深めようと思います。

例えば、其の一。
「愛しているのアイかと思いきや、きへんにめのさんぼんせん」
本人は面白いつもりだが実際には悪ノリ気味で、ちっとも面白くはない感じです。頭に足しているという点も看過できませんが、とりあえずの叩き台で、既存のものをアレンジしてみることでコンセプトをあぶり出そうという心算の一案ですが、でも、十代だったらこんなことも機嫌によって割と確信を持って言ったりもしたかもしれません。そして、レジの担当者も機嫌によっては少し笑ったりもするのかもしれません。

例えば、其の二。
「相対性理論のソウに、なんとなく三本ばかり」
一度アイデアを出して精査してから書いているのではなく、現在進行形で考えながら書いているのでロクなのが出てこないということの表れです。色々難点がありますが、まず相対性理論のソウと言うと相川のアイと音が違うので分かりにくい点があるでしょう。また、相対性理論を相手が知らない場合もまれにあるとも考えられますし、コントラスト差をつけるためにニュアンスめかした後半部分は投げやりと判じられても仕方ない気配があります。

例えば、其の三。
「キメカワです」
間違ったことは言っていません。木、目、川で相川になります。足すより引く方がテンポ的には有効であろうと反省してみたのですが、結果は自分本位にハショっただけになっているようでもあり、アイカワと言ったのにキメカワってと別の姓を名乗ったかのような誤解を生む可能性もありそうです。ハショると自分は楽ですが、相手の立場に立てば分かりにくいことこの上ありませんし、もう一回聞かれたら「ナメカワです」とかなんとか余計な返答をするといったシュールな発展の仕方をしてしまいそうな危険性も多少あります。

例えば、其の四。
「ペンをください、自分で書きます」
合理一辺倒もここに極まれり。悲喜交々ではありますが、日本に生まれ日本で育ち日本に暮らしています。世間の中にいるということです。こう言ってしまっては、次からお釣りをゴマかされかねません。
世間、ッハ! っていうマインドは確かに心の内にはありますが、レジくらいは多少なり愛想よくした方がいいかなーと思います。

例えば、其の五。
「分かりません」
もはや説明にはなっていませんが、たまにいる変わった客、というのを演出できそうです。ありふれた感じですが、そういう意味ではちょっと良さそうな気がします。僕に限らずどなたでも、日本一民さんでも使用可能な点も評価できます。この場合に重要なのは、発音の調子やイントネーションでしょう。ぼそぼそと言うと、不審な客になります。堂々としていれば、大抵のことは上手くいくものです。

例えば、其の六。
「父方の姓です」
そんなことを聞かれてはいないのは分かってます。だんだん単なる悪ふざけに堕していますが、あるいは、初めから自覚なく悪ふざけの仕方を考えているだけだったのかもしれません。

例えば、其の七。
「おまかせします」
ひねりもなにもどっかいっちゃってナゲヤリですが、これでもいいような気もします。相川でも合川でも哀川でも、なんでもいいよって思う日もあるので、そういうときには好きなように書いてもらうのが面白そうです。どんな字を選ぶのか、その手元を興味津々で見たいという欲求も若干あります。
でももし、ゴツゴツした筆致で亜威渦我なんて書かれたら? 愛川と書くと見せかけて、生真面目な筆致の小さい字で愛してますと書かれたら?

ま、それはいいとして、「徹也」の説明がまた意外とむつかしい。「徹夜の徹に、なりです」と言うとほぼ完全に手が止まる人がいて、困ります。どうやら「徹」より「なり(也)」が難しいようなのですが、これはもう空中に指で書いちゃうようにしてます。右左反対に書いても通じるので、これが一番楽チンなのですが、効果的であるがゆえに退屈な気がやっぱりします。【K】


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